親孝行はしなくていい

こんにちは。
ココロとカラダの整体師 渕脇です。

親孝行は素晴らしい行為ですが。。

親孝行。
その言葉はとても良い響き。

「これまで育ててくれた両親に対して、初任給で親孝行をした。」

そんなエピソードを見聞きすると、なかなか立派な行いだなあ、と思いますよね。
そこには美しい家族愛が垣間見えます。

また、私たちは、目上の人には敬意を払って接しなければいけないという教育を受けます。
これはとても大切な事なのですが、この考えに縛られると苦しむことになります。

これこそ、自分を苦しめる「常識」のうちの一つです。

世の中にはいろんな親がいる

自分の親に対してあまりいい感情を持っていない。
そういう人は多いと思います。

親というのは自分にとって、非常に距離の近い人物です。
影響力がものすごく強いのです。

人間関係において、距離が近くなればなるほど、影響力が大きい分、摩擦も大きくなります。
親との関係がうまく行かなくて、悩んでいる人は沢山います。

親だから、目上の人だから、ただそれだけの理由で敬意を払え、というのはとても乱暴な話です。

世の中にはいろいろな人がいます。
本当に素晴らしい親であり、素晴らしい人物であれば、自然と感謝の念や敬意が芽生えていきます。
ところが、世の中すばらしい親ばかりではありません。
実際に、親による自分の子供に対する虐待の事件は後を絶ちません。

子どもは親を選べない。
自分の親が、親としての資質を持たない人だってこともあるでしょう。
そんな場合は、親に対して感謝の念が持てなくても、それは当たり前のことなのです。

自分の感情を受け入れる

まずは、自分の感情に対して、批判や批評を加えずに、それを受け止めてあげてください。
「ああ、自分は親に感謝できない、敬意を払うことが出来ないんだ。」
そのことを、認めてあげることが大切です。

また、そういう自分を責めないでください。
「自分は親に感謝できない未熟者なのではないか。親不孝者ではないか。」
などと、自分を責める必要はありません。

もちろんそれは、あまり喜ばしいことではないかもしれません。
出来ることなら、最高の親の元に生まれて、純粋な愛情をたっぷり注がれて、親に感謝の念を持つ人に育ちたかったと思うことでしょう。
でも、そうならなかったという事実は、受け入れるしかありません。

とある、スピリチュアルな考え方では、子どもは親を選んで生まれてくる、というのもあるらしいですね。
そう思うことで、自分の気持ちが楽なるなら、そう考えても良いかもしれません。
これは考え方の違いであって、子どもは親を選んでいるのか否かという議論は意味がありません。

まずは自分が幸せになることを考えよう

昨日のブログ「子どもは三歳までに一生分の親孝行をしている」に書きましたが、あなたはすでに三歳までに一生分の親孝行をしているのです。
これから先は、親孝行をしたいのであればすればよいし、したいと思わないのであればする必要はありません。

あなたは決して親不孝者ではありません。
もう十分にしてきているし、あまりいい親の元に生まれなかっただけなのです。

まずは、自分が幸せになることを考えてください。
自分が幸せになった時、改めて、親に対して感謝の念が湧いてくるかもしれません。
そうしたら、その時に、親孝行をすればよいのです。