神様を信頼して生きる

こんにちは!
カウンセラー整体師の渕脇です。

私の腰痛が抱える問題

日曜日の引っ越しの時に腰を痛めたことは、すでにブログに書きました。
取り敢えず、寝込むほどのことではなかったので、引っ越しもなんとか終えて、日常生活も、仕事もそれなりにこなすことが出来ています。

ただ、問題が一つあって、じつは、16日の日曜日に行われる、かすみがうらマラソン(フルマラソン)にエントリーしているのです。

腰を痛めた直後は、すぐに治まれば出られるかなあと思っていたのですが、木曜日の今日現在も、走れる状態ではありません。

これはもう、「出ないほうが良い」という神の啓示だと思って、諦めるしかないかなあと思っています。

そもそも練習不足

もともと、今年はフルマラソンには出ないつもりでした。
理由は沢山あります。

昨年、このブログを書き始めてから、あまり走らなくなたこと。
昨年の年末からこの4月にかけて、家の改築、引っ越し、長男の受験、長男の卒業と中学進学、双子の卒園と、小学校入学、次男の転校、その手続きなど、いろいろな予定があって忙しいことが予想されたこと。

まあそんなわけで、かすみがうらマラソンもエントリーしないつもりだったんです。
ところが、魔が差したのでしょうか。
エントリー当日に、なぜかぽちっと、エントリーのボタンを押してしまったのです。

でもね、やっぱりというか、案の定というか、いろいろと忙してく、3月になっても全然練習できませんでした。

特に、4月に入ってからは、まともに生活が回っていません。
予想外の忙しさでしたね~。
引っ越しのおかげで、どこに何があるのかわからない。
そんな状態なのに、子どもたちは新しい学校に入って、提出物がやたらと多い。
それに、会合もね。
ランニングなんてやっている場合ではない。
そんな感じです。

そうして、私の不安は募るばかり。
そこへ来て、この腰痛です。

あー、これは神様が「無理をするな。諦めろ。」と言っているに違いない。
いまは、そんな風に思っています。

私の宗教観

神様と書きましたが、私は特定の宗教を信じているわけではありません。
ごく一般的な日本人の宗教観を持っています。

日本人の宗教観って、八百万の神がいる多神教です。
あそこにもここにも神様がいる。
裏山にも、大きな岩にも、トイレにさえもいらっしゃる。
その神々に守られて、私たちは生きている。

そういう宗教観です。

人知の及ばない何か大きな力が、私たちの人生に影響を与えている。
その大いなる力の存在を神として意識している、という感覚です。

神様を意識すると生きるのが楽になる

で、その大いなる力を意識させるような出来事が起こるのが人生です。

その大いなる力のことを、ある人は神と言い、ある人はご縁と言い、ある人は運命と言い、ある人はシンクロニシティと言い、ある人は引き寄せという。

すべて同じことを表しているように思います。

その大いなる力の存在を意識して生きていくのと、それを無視して生きていくのでは、生きづらさが大きく違います。

人生には流れを感じることがあります。
自分の人生は、あっちの方向へ流れてきているんだなあとか。
この場所に、来るようになっていたんだなあとかね。

その流れにのってしまえば、とても楽に生きることが出来ます。
ところが、その流れに逆らって生きようとすると、苦しむことになります。

川の流れに逆らって泳ぐと疲れますよね。
流れに身を任せていれば疲れませんよね。

これと同じことが、人生にも言えるのです。

そういうわけで、私はやっぱり、今回のフルマラソンは棄権することにします。
大いなる力に逆らって無理やりエントリーした結果、こういう結末が待っていたということです。

「おまえ、今年はやめておいたほうが良いよ。」

そういうふうに、言われているんだなあ。
この腰痛は、神様からのメッセージなのです。

神様を信頼して生きてみる

さて、このブログをお読みいただいているあなたにも、大いなる力を感じる体験をしたことってあると思います。
これは、神様からのメッセージかもしれないなあって、思うこと。

私は、そういう感覚って大切にしたほうが良いと思っています。
そして、肩の力を抜いて、そのメッセージを素直に受け取るのです。

そうすれば、人生うまく行きます。
だって、相手は神様ですから、うまく行かない訳はありませんものね。

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