自主的に行動したいという欲求

こんにちは!
カウンセラー整体師の渕脇です。

自主性ってとても大切

昨日、ちょっと気が付いたことがありました。

昨日来たクライアントさん。
ダイエットの相談に来ていたんですけど、そのクライアントさんが、ダイエットをしていることを家族にバレないようにしたいって言うんですね。

それで、「どうしてですか?」って聞いたら、

バレると、いちいち指摘されるからいやだって言うんですね。
何か食べてると、「ダイエット中じゃないの?」とか、言われるわけです。

なるほど、確かに家族からいちいち指摘されていたのでは、やる気を失うかもしれません。その感覚はわかる気がします。

こういう話を聞くと、ダイエットの指南書などに、「まずはダイエットするってまわりに宣言しましょう!」って書いてあることが多いのですが、それって必ずしもいいことだとは思えないですね。

うちの妻がダイエットした時の話

その話を聞いて、思い出したことがあります。
それは、私の妻ががダイエットした時のこと。

妻は、ダイエットを売りにしている近所の薬局に行って、高価なサプリメントを買ってきて置き換えダイエットを始めました。
そんな事しなくても私が指導するのに、と言ったんですけど、「いちいち監視されているような気がするから嫌だ」と言うんです。

そなるほど、それはそれでわからないではない。
というわけで、彼女はその薬局の方法で、半年くらいかけて17kgの減量に成功しました。

ただ、そのサプリメントにいくらつぎ込んだかはあえて聞きませんでしたのでわかりませんけれど。

その後、多少リバウンドしたようですが、今でもダイエット前に比べると、10kg以上はスリムな体型を維持しています。

自主的に行動できるのは自由の象徴

そういえば、子どものころ、親に「勉強したの?」とか聞かれると、「今やろうと思ったのに、そう言われてやる気が失せた~」って思ったことありませんか?

うちの子どもたちも、よくそう言って怒ってます。

もしかした、自分から行動した時って、自主的に動きたいという欲求を満足させるのかもしれないですね。
しかし、「勉強したの?」と言われることで、「誰かにやらされてやっている。」という感覚になってしまう。
「自主的に行動できている」感が失われてしまうのだと思います。
そのことがとても悔しいのです。

「自主的に行動できている」感は、もしかしたら自由の象徴なのかもしれません。

誰に言われるまでもなく、自分の行動は自分で決める。
それが出来ることが、自由というものである。

そんな感じがしませんか?

ダイエットも勉強も、自分で決めて自分でやる。
決して他人から強制されてやらされているのではない。

この感覚は、なにごとにおいても必要なのかもしれませんね。
そういう意味においても、他人に何をやらせるというのは難しいし、自主性を尊重するということはとても大切な事なんだなあと思います。

他人の課題に土足で踏み込まない

アルフレッド・アドラーは「タスク(課題)の分離」ということ言います。
その問題は誰のタスク(課題)なのかを意識して、他人の課題に土足で踏み込まないことが大切だと説いています。

誰のタスクかということが分かりにくければ、その課題を放置した場合、誰が最も困るかと考えることで、それが誰の課題なのかどうかが分かります。

宿題をしなくて困るのは本人だし、ダイエットをしなくて困るのも本人です。
その課題を解決しなければいけないのは本人であって、その周りの人ではない。

自分の課題に、他人が土足で踏み込んでくること、干渉されることは、あまりいい気持がしないものです。
そこは、ぐっとこらえるしかなさそうです。

ただね、妻のダイエットなら、まあ、黙ってもいられますが、子どもの宿題となると、口出ししたくなってしまいますけどね。
これは、子どもの年齢や成長度合いにもよるので、なかなか難しい問題ではあります。

いろいろ書きましたが、要するに、「人は自主的に行動したい」という欲求を持っている、ということは間違いなさそうです。

その欲求を満足させてあげることは、とても大切だということですね。