利他の精神は大事だけど

こんにちは!
カウンセラー整体師の渕脇です。

利他の精神を持つ

人間誰しも、ほかの人から認められたい、褒められたい、賞賛されたいという、承認欲求を持っています。
自分は、重要な人物であるという、自己重要感を感じたいと思っています。

その欲求を満たすには、他人に尽くす、他人のために動く、そういう利他の精神を持つことが大切になります。

しかし、その一方で、自分を押し殺して、自分を犠牲にしてしまうと、精神を病んでしまいます。
そこのバランスがとても難しいなあと思います。

バランスの難しさ

整体師として日々、人々の健康のことを考えています。
すると、あらゆる場面で、このバランスという問題にぶつかります。

バランスを言葉で説明するのはとても厄介です。
どこがちょうどいいところなのか、明確にできないからです。

むしろ、両極端のほうが説明がしやすいし、理解しやすい。
理解しやすいから印象に残るし、説得力もあります。

健康に限らず、現実問題としては、このバランスこそが問題です。
そして、そのバランスというのは、実に微妙で、つねに修正を求められます。

子どもの頃、傘を手の上に立ててバランスをとる遊びをしました。
傘が倒れない究極のバランスが存在するかといえば、現実的にはそんなことはありません。
常に神経を集中させて、傘が倒れないように、手の位置を微調整し続けなければいけません。

バランスをとるということは、そういうことなのです。

試行錯誤を続けるしかない

自分を犠牲にすることなく、利他の精神を発揮する。
自分を生かしつつ、社会に対して、他人に対して貢献をしていく。

これを続けるには、常にバランスを取り続ける必要があります。

どういうやり方をすれば、自分が貢献でき、自分を生かすことが出来るのか。
どこまでなら、自分を犠牲にせずにできるのか。

相手も、自分もハッピーになれる道はないのか。
WIN―WINの関係を作るにはどうすればいいのか。

常に考え続けることが大切なのです。

自分を犠牲にしてはいけない

自分を犠牲にして他人に尽くしても、それは本当の利他とは言えないのではないか。
私はそう思っています。

自分を犠牲にしてしまっては、尽くした相手にとっても重荷になってしまうことになりかねない。
そうなってしまったら、結局それは、利他になってないのではないか。

自己犠牲からはなにも生まれないのではないかと思うのです。

人は助け合って生きているのです。
ある人の犠牲の上に成り立っている幸せは、本当の幸せとは言えません。

人を幸せにしようと思ったら、自分も幸せにしてあげなければいけません。
それがあってこその、利他の精神といえるのではないでしょうか。