生かされていることに感謝

こんにちは!
BBトレーナーの渕脇です。

誰かとシェアしたい

昨日、ちょっとしたきっかけから、本田晃一さんの動画を見ました。
それで、なるほどなー、と思って、
この、なるほどなー、を誰かとシェアしたくなったので、このブログでも紹介してみたいと思います。

本田晃一さんの公式ブロブ「世界一ゆる~い幸せの帝王学」

その動画がこちら↓
「お金がある」と気づくと、どうなる?

私、本田晃一さんの、この「ゆるさ」が好きなんですよね。

「ある」ということに感謝

「ない」ということにフォーカスするのではなく、「ある」ということにフォーカスする。

これはとても大切だし、お金に限ったことじゃないですよね。

たとえば、仲間がいるとか、家族がいるとか。
この動画の中で本田さんもおっしゃいますけど、
食べ物があるとか、ジュースが飲めるとか、雨風がしのげる家があるとか、暖かい布団で眠れるとか、そういう、普段当たり前だと思っていることに対して、感謝する。

ジュースを一本買うときに、「あー、ジュースが買えるだけのお金があって良かったなあ。」と、感謝する。
それを、騙されたと思ってやってみる。

うーん、なるほど。

飢え死にしなければいい

私が20年前にうつ病になって、会社を辞めようかどうしようかど悩んでいた時のこと。
当時はまだ、付き合っているんだかどうだかはっきりしていないような関係だった今の嫁さんと電話しているときの話。

僕が、「会社を辞めようかどうしよか迷っている」というような話をしたら、
嫁さんは、
「会社辞めるくらいのことで、なに悩んでるの?私なんて、三つも辞めたよ。」
というではありませんか。

「いや、だってさ、食っていけるかどうかって、心配じゃん。」

と言ったら、嫁さん、驚くべきこと言ったんですよ。

「あのさ、今の日本で、飢え死にしたっていう話、あんまり聞かないよね。」

それを聞いて、「すごいこと言うなあ!その発想はなかった!」って思いました。

でも、いや待てよ。
確かに聞かない。よね。

飢え死にしなければ、食っていけているって事か。
なるほど、それなら何とかなりそうな気がする。

そう思ったんです。

食っていけないってどういう状況なのか

だとすると、じゃあ、自分が食っていけないって思っていたのは、いったいどういう状況を指して、そういっていたんだろうか、と思ったわけです。

何となく、イメージで、たとえば、女房子供を一人で養って、家を買って、車を買って、年に一度くらいは家族で旅行に行って、子どもたちを大学までやって、という、そういう生活レベルを維持できるかどうか、というのを、「食っていける」って考えていたんだ、ということに気が付いたわけです。

そこもまた、「常識」に縛られていたわけです。

確かに、そのレベルにもって行くのって、結構大変ですよね。

でも、雨風しのげる家があって、暖かい布団があって、飢え死にしないだけの食べ物があれば、それはとても素晴らしい事である。

という感覚になれるのであれば、それなら何とかなりそうだし、だったら、究極的には、最後は生活保護だって良いわけですよ。

食っていけないという状況が、いったいどういう状況なのか、というところまで、具体的に詰めて考えていなかったんだ、と思いました。

そして、漠然と考え、漠然とした不安を抱えていたんだな、と思いました。

あれから20年経ちますが、いまだに飢え死にには至っていません。
飢え死にしなければいい、といった嫁さんとの間に4人の子どもが出来ましたが、4人ともちゃんと育っています。
今のところはね。

感謝するってとても大切

この動画を見ていて、そのことを思い出しました。

結婚当初は、ボロボロのアパートに住んでいたのですけど、雨風がしのげる部屋がある事、暖かい布団で眠れることに感謝していたことを思い出しました。

最近、そういう気持ちが薄れていることを反省しました。

「ない」よりも「ある」にフォーカスして感謝する。
生かされていること自体に感謝する。

そういう気持ちを大切にしていこうと、気持ちを新たにしました。
ただそれだけで、幸せな気分になれるし、それは実際に幸せだということなのです。