アクシデントも良い思い出になる

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今日も、伊豆の今井浜にある民宿でこの記事を書いています。

今年は梅雨明けが遅れているので、お天気が心配でしたが、昨日もいい具合にお天気に恵まれて、最高の海水浴日和でした。
前日は少し肌寒い感じがしていましたが、昨日は夏らしい日になって朝からワクワクしながら海に向かいました。

小学6年生の長男は海水浴が大好きなので、海に着くと待ちきれないという様子で、さっそく一人で海に入ってい泳いでいました。
私たちは、浜辺に貼るテントの用をして、5歳の双子の末娘が海には入れる準備をして、海を見ながらこれから始まる楽しい休日に胸を躍らせていました。

ところがです。
しばらくすると、長男が走って海から上がってきました。
顔をしかめて、ふらつきながらこちらに向かってきます。

「イタタタ、この糸みたいの取って!はやく、はやく、痛い、痛い!」

わたしは、釣り糸でも巻き付いて、釣り針が刺さったのかと思いました。
長男の身体には、確かに糸のようなものが巻き付いています。
無造作に引っ張っても傷付けるだけだと思い、慎重にどのように巻き付いているかを確認しようと、その糸を手繰ろうとして手に取りました。

その糸のようなものは、青味がかっており、小さい粒のようなものが連なっているようでした。
それを見て、ピンときました。

これはクラゲの触手だ!触っていはいけないものだ!

私はすぐに手を放し、持っていたタオルを使って慎重に彼の身体から巻き付いた触手を取り除きました。
そしてすぐに、浜辺にいるライフセーバーに連絡しました。

ライフセーバーの話によると、これはカツオノエボシというクラゲの触手で、日本に現れるクラゲの中では毒性が強く、刺されると痛みも強く、人によっては発熱や吐き気なども催すことがあるので病院に行ったほうが良いとのことでした。

カツオノエボシについてはこちらのサイトをご覧ください。

小学3年生の次男は人一倍怖がりなのですが、怖いもの見たさなのか危険生物が大好きで、危険生物についてはともて詳しいのです。
ちょうど、海に来る一週間ほど前に、テレビでカツオノエボシの話題を放送していて、それを見て怖くなった次男は海に行きたくないと言っていました。
次男はその放送内容をよく覚えていて、触手を洗い流すときには海水で流したほうが良いと教えてくれました。
私もその放送を一緒に見ていたのですが、そこまでは覚えていませんでした。

長男の体を洗おうと、海の水を汲みに行くと、青味がかった風船のようなカツオノエボシが浜に打ち上げられているのをみつけました。
手で触るわけにはいかないので、末娘の砂遊び用に持ってきたおもちゃのスコップで砂ごと救い上げました。
それを見た次男は大興奮でした。

今になって思えば写真を撮っておけばよかったのですが、その時はそんな事をする気持ちの余裕はありませんでした。
カツオノエボシは危険なので、ライフセーバーに処理してもらいました。

その後長男を病院に連れていきましたが、幸い気分が悪くなることもなく、痛みも治まってきたので、もう一度浜に戻りました。
おかげで、その後は誰も海に入らず、砂遊びや磯遊びをして一日を過ごすことになりました。

せっかくの海水浴日和だったのに、海に入れなかったのはとても残念でした。
しかし、次男にとっては収穫があったようです。
夏休みの自由研究はカツオノエボシに決めたと言っていました。
長男も、カツオノエボシに刺されたとことを題材にしようかなあ、と考えているようです。

転んでもタダでは起きないこの精神は、親としては頼もしく思います。
カツオノエボシにやられて最悪の海水浴になったと受け止めるか、痛い思いをしたけど貴重な体験だったと受け止めるか。
この違いは、後々、大きな違いとなるのは間違いありません。

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上の写真は、長男が刺される直前の海。気持ち良い日でした。

アクシデントはいつ起こるかわかりませんし、それを完全に避けることもできません。
その出来事をどのように受け止めるか、その受け止め方でその後の人生が変わってきます。
起きてしまったことをないことには出来ませんが、受け止め方はいくらもであるのです。

また、この受け止め方は、いつでも自由に変えることができます。
過去の出来事も、受け止め方を変えるのはいつでもできます。
自分の過去の出来事を変えることは出来なくても、受け止め方は変えることができるのです。

起こってしまったアクシデントを、前向きの力に変えることができれば、良い人生を歩くことができるようになります。
結局、良い人生にするかしないかは、その人の受け止め方次第なのかもしれません。

私たち家族にとって昨日のアクシデントは、良い思い出となるでしょう。