穏やかな死に方をするために

人間は必ず最後の時を迎えます。
これは厳然とした事実で、避けることは出来ません。

また、いつ、どのような形で最期を迎えるかということを知ることもできません。
出来ることならば、なるべく苦しまず、眠るようにその時を迎えたいと思います。

昨日、ネットを見ていたら興味深い記事をみつけました。

「痛い死に方」と「穏やかな死に方」分ける要因は何か-NEWSポストセブン

多くの人が理想的な死に方だと考えているのは、老衰によって死ぬことだと思います。

なぜ、老衰による死は穏やかなのか。
そのメカニズムについて、江別すずらん病院認知症疾患医療センター長の宮本礼子氏は記事中で以下のように解説しています。

老衰になり死が近づくと、私たちは食欲がなくなり、飲み込む力も衰えます。体が栄養を必要としていないのです。飢えているわけではありません。その時、点滴や経管栄養を行なわず、食べられるだけ飲めるだけの自然な経過に任せることで老衰死を迎えられる。
最近の研究では、動物を脱水や飢餓状態にすると脳内麻薬の一種である『β-エンドルフィン』や、肝臓で生成され脳の栄養源となる『ケトン体』という脂肪酸の代謝産物が増えることがわかっています。これらには鎮痛・鎮静作用があります。そのため、眠るように死に至ると考えられています。

以前、ヨーロッパには寝たきり老人がいないという記事を読んだことがあります。
例えば、末期がんや脳卒中などで最後の時を迎えたら、口からものを食べられなくなります。
こういう状況になった時に、日本では鼻チューブや胃ろうなどを作って、直接栄養を胃に届けようとします。
ところがヨーロッパではこれを老人虐待だと認識していて、一切やらないとのこと。
つまり、自分で口から栄養が取れない状況に陥ったら、あとは穏やかな最期が迎えられるようにするというのです。

私の母はちょうど1年ほど前、脳梗塞を起こして生死の境をさまよいました。
その後、後遺症として高度の運動障害が残ってしまい、文字通り寝たきりの状態です。
以来、鼻からチューブを入れて、口からは一切ものを摂らずに、ベッドの上で過ごしています。

母の見舞いに行くたびに、このような最期の時を過ごすことは果たして良いことなのかどうかと思います。
母はいったいどう思っているのだろうかと。
だからと言って、今更、鼻チューブを抜くわけにはいきません。
日本では安楽死が認められていないので、それをやれば、病院側が殺人に問われてしまいます。

また、母がこの状態になるまでに、本人が意思表示をする機会はありませんでした。
家族もまた、どこまで回復するかわからない状況で、この状態を拒否するのはとても難しいことでした。

この問題はとても難しい。
最後の死に方くらい選択できても良いのではないかと思いますが、実際はその機会はありません。
医療の現場は、なんとか命をつなぎとめようとしますし、家族もできればそうしたいと希望を持ちます。
その結果が、寝たきりという状況になるのです。

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では、現在の日本において、穏やかな死を迎えるにはどうすればよいのでしょうか。
それは、健康でいることでしかありません。
健康でいることで、最後まで医療機関にかからずに、穏やかな死を迎えることができるのです。

では、「痛い死に方」と、「穏やかな死に方」を分ける要因は何なのか。医学博士の中原英臣氏は、生活習慣や食生活を挙げる。

「くも膜下出血や心筋梗塞、大動脈解離は、高血圧や肥満などによって、血管に過度の負担が掛かることで発症します。高カロリーな食事を摂り続ける人は、生活習慣病になりやすく特に注意が必要です。

痛い死に方をしたくなければ、日常生活にウォーキングなど15~30分程度の有酸素運動を取り入れ、塩分や脂っこいものは控える食生活に改めることが肝要です。未病を心掛ければ、必然的に安らかな死を迎えることができるでしょう」

今後、日本は超高齢化社会を迎えます。
超高齢化社会は寝たきりの高齢者が増えることを意味します。
これは大きな社会問題となると考えられます。

生き方もさることながら、死に方についても、私たちは考えていかなければいけない時期に来ているのかもしれません。

それと同時に、出来るだけ穏やかな最期を迎えられるようにするためにも、日頃から健康に留意しておくことが大切なのです。