死に方は選べないが生き方は選べる

私は100歳まで生きて、死ぬ直前まで仕事をするつもりでいます。
それが私の願望であり、目標なのです。

しかし、そうはいっても、それが達成できるかどうかはわかりません。
もしかしたら、今日にでも交通事故にあって死んでしまうかもしれません。
健康に留意しているとはいえ、病気を100%防ぐことは出来ません。
遺伝的な体質により、そんなに長生きできないかもしれません。
それは、その時になってみないと解らないことなのです。

人間、自分がいつどんな死に方をするかを知ることは出来ません。
人生は自分のものなのですから、死に方ぐらい選べてもよさそうなものですが、そういうわけにはいきません。

しかし、生き方ならば選ぶことができます。
どのような生き方をするかは、本人次第なのです。

いつ、どのような死に方をするか、いくら考えてみてもそうなるとは限らない。
自分でコントロールできないことを考えるのは時間の無駄です。
その時が来たら受け入れるしかありません。

自分のコントロール下にあることに焦点を当てる方が賢明だと思います。
どのように死ぬか、ではなく、どのように生きるか、と考える方が人生が充実します。
いつ死ぬかわからないけれど、生きている間は一生懸命生きよう。
私はそういう生き方をしたいと思います。

では、充実した生き方とは、どんな生き方なのでしょうか。
これは、全く私の個人的な意見なのですが、社会に貢献するということではないかと思います。

社会に貢献する方法はいくらでもあります。
仕事をすることはもちろん、ボランティアでも、趣味でも、地域活動でも、知人との交流でも、社会に対して貢献していると思います。

人間は社会的動物と言われます。
何らかの形で社会と関わっていくことが、人生を充実させるのです。
社会に対して貢献できているという実感が持てれば、それが生きがいとなるのです。

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私は幸いなことに自営業ですから定年がありません。
身体が動くうちは整体師として仕事をしたいと考えていますし、身体が衰えても何らかの貢献ができるようにしていこうと、今から考えています。
そうして、何らかの形で死ぬ時が来たら、潔くそれを受け入れようと思います。
まあ、受け入れざるを得ないでしょうけれど。

ただ長生きすることが大事なのではありませ。
どのように生きて、社会貢献していくか。
その内容、生き方が大事なのです。

私は、スタイリッシュな歳の重ね方をすることによって、周りの人たち、特に若い人たちに、あのようになりたいと思われ生き方をすることは、立派な社会貢献だと思います。
そのような人を増やしていくことが、これからの私の目標です。