生き方は自由

私はうつ病になって良かったと思っています。

もちろん、うつ病で苦しんでいる時は本当に大変だったけれど、
その苦しさが、自分がいつの間にか抱えこんでいた窮屈な人生観を捨て去る原動力になったからです。

いつ、どこで、そんな窮屈な人生観を作り上げてしまったのか。
それは両親の教育のたまものだったかもしれないし、時代の空気だったかもしれません。
我々は、色々なところから様々な情報を受け取りますが、その受け取り方は人によって違います。

同じ情報に触れても、同じようには受け取らない。
親の立場から言えば、受け取り方までコントロールするのは難しい。
受け取り方は、受け取る側の本人次第なのです。

うつ病になる前の私は、人生には正しい人生というレールが敷いてあって、そのレールの上を走っていくのが良い人生であるという感覚がありました。
自分が興味を持ったことが、そのレールからはみ出している場合、何とか妥協案を探し出して無理やりレールに乗せる。
そんな事をしていたように思います。

でも、今になって思うのは、そんなレールは幻想であって、実体はなかったんだと。
それは私が勝手に、自分の頭の中に敷いたレールだった。

本当は、行きたいところに行けるし、いつでも軌道修正できるし、もっともっと自由なんだということです。

ただ、自由というのは時に厄介で、行き先をどこにするかを考えなくちゃいけない。
行き先が決まっても、行き方がわからなければ、それを探らなくちゃいけないし、誰も行ったことがない場所だと、道を作らなくちゃいけない。
実はそういうのって面倒で、解りにくいこともある。
幻想とはいえレールが見えていると、ついそれに乗ってしまうということもあるでしょう。

どこに行きたいか、何をしたいか。
それが「夢」というやつで、「夢」があるということは、行き先が見えているということ。
そうして、いつでも、そこに向かって歩き始めても良いということ。

現在の日本という国は、そういう自由が保障されているとても良い国です。
どこに住んでも良いし、どんな仕事をしても良い。
もちろん、ルールの範囲内でのことですけどね。
でも、そのルールの自由度はとても大きい。

そういう恵まれた国に生まれたんだってことを、もっと喜んだほうが良いと思うのです。

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さてさて、このブログをお読みのあなたは、どこに行こうとしているのでしょうか。
行きたいところがあるなら、今すぐにでも、そちらに向かって歩き始めてみてはいかがでしょうか。
今いる場所に不満なら、どこにけば満足できるか考えてみてはいかがでしょうか。

私は、自由な国に生まれたことに感謝をして、その自由を満喫したいと思います。
人生を自由に楽しんでいる人こそ、スタイリッシュだなあ、と思います。

私はそんな人を増やしたいと思っているのです。