自己紹介いたします!

スタイリッシュエイジングとは、粋な大人になること。

私は、まだまだ粋な大人とは言い難い。
そんな私が、粋な大人を目指して、日々感じていることを中心に書いています。

私は、産業カウンセラーであり、整体師でもあります。
心身ともに健康でいるためのお手伝いをしています。

粋な大人になることを目指せば、心身ともに健康になれると思っています。
どうぞ、よろしくおねがいします!

運営者のプロフィール

渕脇 毅(ふちわき たけし)

BBトレーナー
ココロとカラダの整体師
産業カウンセラー

1965年(昭和40年)5月28日生まれ ふたご座 AB型
妻、長男、次男、長女、次女(長女と次女は一卵性双生児)の6人家族。

東京都西東京市出身。
東京都立保谷高等学校を卒業し、一年浪人した後、九州芸術工科大学(現在の九州大学芸術工学部)音響設計学科に進学。
九州芸術工科大学大学院(現在の九州大学大学院芸術工学府)修了。

1991年、株式会社IHIの関連会社である、株式会社アイ・エヌ・シーエンジニアリングにおいて、騒音・振動コンサルティング業務に従事する。

1999年3月、入社8年目に、人生に悩みうつ病を発症し同社を退職。
2000年4月、一年間の自宅療養を経て、ナショナル整体学院スポーツトレーナー科に入学。
整体術とトレーニング理論を学び、コナミスポーツクラブ付属治療院にて研鑽を積む。
2003年12月、東京都東大和市にあおぞら整体院を開業。
現在まで一万人以上に対して施術を行う。
2001年~2013年、ナショナル整体学院において12年間講師を務め、多くの整体師を育てる。

自身のうつ病は、約10年の歳月をかけて自力で克服。
2016年、うつ病克服の経験を生かして、うつ病で困っている方の力になろうと、産業カウンセラーの資格を取得。現在では、心と身体の両面から、クライアントの健康を守ることを仕事としている。

2017年、株式会社BBコンディショニングを設立。
Brain(脳)Body(身体)のコンディショニングを通じて、働く人たちの健康をまもるBBトレーナーを育成し、働く現場に派遣するビジネスを開始。産業界が健康になることが、社会全体の健康につながるとの信念のもと活動をしている。

スポーツ歴

小学生の頃は肥満児でどんくさくて、運動会ではまったく活躍できない子どもでした。
そんなわけで、自己イメージでは、運動は苦手。

水泳

しかし、そんな私の将来を案じた母親が、小学生時代にスイミングスクールに通わせたため、泳ぐことはできるようになりました。

楽しくスイミングを続けていたのですが、いつの間にか選手養成コースに入ることに。
そこでのハードな練習に音を上げてスイミングスクールをやめてしまいます。

サッカー

実家のすぐそばに、早稲田大学のサッカーグラウンドがあり、母親の友人の息子さんが早稲田大学サッカー部にいたのに影響されてサッカーを始め、中学入学と同時にサッカー部に所属。
しかし、どんくさくて不器用なのは相変わらずで、3年間二軍で過ごし、公式戦に出ることはなく終わる。

ラグビー

サッカーは向いていないと判断し、高校時代はラグビー部に所属。
3年時には主将を務めるが、ケガに泣き満足に試合に出られない日々が続く。

ラグビーからは本当にいろいろなことを学びました。
チームプレーとは何か。
リーダーシップとは何か。
勇気とは何か。
ラグビーは本当に素晴らしいスポーツでした。

テニス

大学は小さい大学だったために、運動部が少なく、経験のないテニス部に所属。
しかし、どんくさくて不器用なのは相変わらずで、テニスはあまり上達せず。
自分の不器用さを改めて思い知りました。

トライアスロン

ところが、大学4年の時に、トライアスロンという競技があることを知り、これこそ自分に向いているスポーツであるとひらめき、一気に飲め入り込んで行きました。

結局、トライアスロンはうつ病になるまで続けることになり、この競技のめりこんだことがきっかけで、人の身体のこと、健康のこと、コンディショニングに興味を持つようになり、うつ病で人生をリセットするときに、整体師を目指そうと思うきっかけとなりました。
まさに、この競技との出会いが、人生を変えたといってもいいかもしれません。

ゴルフ

会社員時代、特に、九州に赴任したのを機に、ゴルフを始める。
このころはトライアスロン同様のめりこみ、ベストスコアは90まで伸ばす。
ところが、九州から東京本社に帰ってからやる機会が激減し、うつ病を発症してからはまったくやらなくなってしまいました。

ウェイトトレーニング

ナショナル整体学院スポーツトレーナー科に在籍中は、ウェイトトレーニングに明け暮れ、その面白さが解るようになりました。
しかし、卒業後はトレーニングを続ける機会がなくなり、自然とやらなくなりました。

ランニング

トライアスロンをやっていた時代よりも、体重が20キロ増えてしまったため、トライアスロンもちろんのこと、ランニングすらもできない状態になり、細々とウォーキングを続ける。

しかし、うつの状態がよくなるにつれ、ダイエットを始め、徐々に走れるようになって、ランニングを再開。あおぞらランニングクラブというサークルを主宰するようになる。

どんくさくて不器用で、運動が苦手だった少年が、ふりかえってみるとたくさんの運動するようになりました。そのえう、トレーナーとして人に指導するようなるなんて、考えてもみなかったこと。

人生、何が起こるかわからないものですね。

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