頑張らなくてもいい

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こんにちは!
BBトレーナーの渕脇です。

一年半ほど前から、毎日ブログを書いている私ですが、
結局のところ、一番言いたいことな何かなあ、と考えていのです。

で、たどり着いたのは、

「べつに頑張らなくてもいいんじゃね?」って事なのではないか。
そんな風に思うのです。

義務感で頑張るのやめませんか

頑張りたい人は頑張ってもらって、もちろんいいわけです。

でも、頑張るのが当たり前とか
頑張る事は良いことだとか、
頑張らなければいけないとか、
怠けているのはよくないとか、
知らず知らずのうちに、そう思わされていて、

頑張れない自分に自己嫌悪したり、
頑張る事に疲れてしまったり、
頑張らないことに罪悪感を覚えたり、
そういうの、もう、ほんとに止めませんか?

ということが言いたいのだな、というところに思い至りました。
そこが、一番言いたいことかな。

頑張るかどうかはその人の自由

間違えて欲しくないのは、
「頑張っていはいけない」とか「頑張るな」とか「頑張る事は悪」と言いたい訳ではありません。

頑張りたい人は頑張ればいいと思います。
頑張っているときって、充実していて、気持ち良かったりしますから。
その気持ちよさはよくわかります。

でも、頑張らないでいる時の、なんだろう、気楽さとか、心地よさとか、そういうのも捨てがたい。

結局、どっちを取ってもいいわけですよ。
頑張っても、頑張らなくても。

さらに言うとね、
頑張りたいときには頑張ればいいし、
頑張りたくないときには頑張らなくていい。

その時々で、自由に変えたっていいわけです。

もちろん、その結果は甘んじて受けるということが前提ですけど。
そこさえわきまえていれば、どっちでもいいのではないでしょうか。

成功してもいいし、しなくてもいい。
自分が納得して、満足していればいいわけです。

自分はどこを目指しているのか

要するに、自分がどこを目指しているのか。
どんな人生を求めているのか。

その目的地をいつも意識していることが大切なのではないか。

本当はもっとのんびり生きていきたいのに、周りの目を気にして頑張るとか、誰かにも認められるために頑張るとか、優越感を得るために頑張るとか、今までの頑張りを無駄にしたくないから頑張り続けるとか。

そんなことをどうでもいいのではないでしょうか。

最初はどこかに目的地があったのに、いつの間にか最初の目的を忘れて、頑張ること自体が目的化している。

いったい何のために頑張ってきたのか。
そこをもう一度、意識してみる必要があるのではないでしょうか。

社会の空気を変えたい

いまの日本の社会って、「頑張るのが善」で「頑張らないのは悪」みたいな空気ってあるように思うのですよ。

子どものころから、そういう教育を受けていますからね。
頑張っていると褒められるし、頑張っていないと頑張れと言われるし。

だから、いつの間にか頑張るのがデフォルトになっている。
そういう風に刷り込まれている。

この空気が気持ち悪い。
苦しい。
閉塞感。

そんな風に思うし、それを変えたいって思うのです。
この空気が、うつ病を生み出すような気がしますよね。

好きなことを一生懸命やる事はいいことだと思う。

じゃあ、反対に、ぼーっと過ごして時間を浪費することが悪なのかと言われれば、別にそれで生きていけて、自分が納得しているんなら、それでいいと思うのです。
そういう生き方のほうが自分らしいと思うのであれば、それでいいわけです。
他人にとやかく言われるような筋合いのものでもないし。

だから、頑張らなければいけないと思うの、やめませんか。

私は、そういうことを言いたくて、毎日ブログを書いているんだと思います。
頑張ってもいいし、頑張らなくてもいい。

そういうことです。

私自身に向けて書いています

この文章は、自分に向かって書いています。
自分が読者です。

何を隠そう、私の中に、「頑張ることは良いこと、頑張らなければいけない」という価値観が存在していることに気が付いているのです。

そして、それに対して疑問を持っている。

同じような価値観を持ち、自分を必要以上に追い込んでしまっている人に向けて、私はこれからも発信し続けたいと思います、

もう、頑張るのやめようよ!って。
肩の力を抜いて、楽に生きていこうよ。

そして、やりたいことをやったらいい。
楽しいと思うこと、楽しいと思う生き方。
それを追及してくワクワクする。

その感覚が大切だ思います。

それでいいじゃん。
きっと、なんとかなるよ。

そういうことです。