他人の人生を歩いていた僕が自分の人生を取り戻すことができたたった一つの理由

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こんにちは!
スタイリッシュエイジングクラブ会長の渕脇です!

他人の人生を歩いていた

僕がうつになったころ、自分の人生のはずなのに、他人の人生を歩いているような気がしてならなかった。

どうしてそうなったのか。
今なら良くわかる。

それは、自分の意志で自分の人生を選んでなかったからなんだよね。

人生の岐路に立った時に、本当にいろんなことを考えて選んできた。

例えば、
親が喜ぶだろうか。
安定した収入が得られるだろうか。
他人から評価されるだろうか。
他人に迷惑になったり、蹴落としたりしないだろうか。
これまでやってきたことが無駄にならないだろうか。
みんなが行くから(大学進学とかね)。
それが当たり前(人生の正解)だから。
そのほうが恰好が良いから(自慢したい)。

そんなことを、まあ、ぐちゃぐちゃと考えながら、人生を選択していた。

大切なものを引っ込めていた

そして、うつになって気がついたんだよね。
一番大事なものが抜けていたなって。

それは、「自分はいったいどうしたいんだ?」ということ。
やりたいのかやりたくないのか。
どんな人生を歩きたいのか。

本当は、「自分がどうしたいのか」を最優先に考えなくちゃいけなかったんだ。
ところが、その他のことを優先させて、「どうしたい」というのを引っ込めてたんだよね。

自分がどうしたいのかを引っ込めていたのでは、自分の人生とは言えないよね。
そんなんじゃ、どこかの誰かさんの人生を歩かされているような気になるよ。

「どうしたい」を最優先する

自分はどうしたいのか。
それ一択で良いんだよ。

「どうしたい」がまず初めにあって、「それを実現するにはどうすればいいんだろうか」と考える。

もちろん生活をしなければいけないから、生活できるようにするにはどうすればいいか。
周りの協力を得るにはどうすればいいか。
「どうしたい」を実現するためには、考えなければいけないことは沢山ある。

でも、「どうしたい」がどこかに行ってしまったら、それ誰の人生だよ、という話なんだよね。

僕は、「どうしたい」を引っ込めてた。
そして、妥協してきたんだ。
それじゃあ、自分の人生じゃないんだよ。

やっぱり主体性が大事なんだ

だから、いまでは僕は、
「やりたいかやりたくないか」
「楽しいか楽しくないか」
「ワクワクするかしないか」
そういうことを大切にして判断している。

とてもシンプルでしょ?

人生なんて意外とシンブルなんだよ。
難しく考えている人が多いけどね。

やっぱり、主体的に考えることが大切なんだよね。



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