普通ではない人たち

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こんにちは!
カウンセラー整体師の渕脇です。

普通の生き方から離れている人々

私、ここの所、人に会う機会が多いのですが、つくづく思うのが、世の中にはいろんな人がいるなあということ。

私の父は教師でした。
母は教師の娘で、親戚は教師が沢山。
私はそういう環境で育ちました。

私が育った時代背景などもあるとは思いますが、私は、「人としてこうあるべき」というような、理想形を教え込まれて育った気がします。

いわゆる「正社員(正規雇用者)になって安定収入を得て、家族を養う。」みたいなね。
これは、教師の家庭じゃなくても、そういう教育を受けている人は多いと思います。
それが普通で、常識だから。

でも、この常識がから外れている人が想像以上に多いということを、最近は実感しています。
私には、想像のつかない生き方をしている人が沢山いるのです。

沢山の人に会えば会うほど、一人ひとりの生き方の違いにびっくりします。
自分の持っている常識なんて、本当に役に立たないものだなあと思います。
普通って、一体なんだろうかと思いますね。

柔軟性が増していく

私は今51歳ですが、この歳になって自分の柔軟性が増していくのが分かります。

これまで、私は勝手に審判(ジャッジ)をしていました。
あれは間違えている、これが正しい。
そんな風に。
自分の普通(常識)に照らし合わせて。

でも、世の中には、いろんな価値観があり、いろんな生き方がある。
いくつかの生き方のパターンがあってその中から選択するのではなくて、これまで誰もしていないような生き方をする、自分だけの生き方を創造したって構わない。

生き方や価値観に良いも悪いもない。正しいも間違いもない。
ただ、好きか嫌いかという好みがあるだけだと。

そういうことが、ようやくこの歳になって、頭で理解というより、実感として、肌感覚としてわかるようになってきました。

「自分がどう思われるか」なんてわからない

さらに言うと、これだけいろいろな生き方がある、価値観があるということが分かってくると、「自分が人からどう思われるかなんて考えてみてもわからない。」ということがわかります。

「こんなことをしたら、人から変な目で見られるのではないか。」

と、他人の目を気にして自分の行動にブレーキをかけてしまうことってあると思うのですが、そんなことを考えること自体がばかげているなあと思います。
人によってとらえ方が違うわけだし、人の考えていることなんてわからないし、予想するだけ無駄なことだなと思います。

わからないことは聞いてみればいいし、自分の考えに共感して応援してくれる人も、中にはいるかもしれない。

そういうふうに考えると、なんだか肩の力が抜けてきます。

やりたいようにやってみる。
やりたいと言ってみる。

すると、それを応援してくれる人に出会うことが出来る。

こういう順番なんだなあと。
それでいいんだなあ、と思います。

自由に生きていこう!

世の中には、本当にいろんな人がいます。
自分も、いろんな人の中の一人です。

もっと自由に、誰にも似ていない生き方をしてもいいんだ。
実感として、そう思います。

人の目を気にする必要なんてないんです。
迷惑をかけるようなことでなければ、どんな生き方をしてもいい。

そう考えるだけで、あー、気持ちいい。
人生楽しくなってきたなあ。