こんにちは!
スタイリッシュエイジングクラブ会長の渕脇です!
学校を休みがちな娘たち
僕には小学2年生の双子の娘がいる。
次女のほうが学校を休みがちなのだが、昨日はそれに引きずられるように、長女も学校を休んでしまった。
火曜日は私が家にいることを知っているのもいけないのかも知れないけど。
そんなわけで、昨日は娘が家にいたために、やりたいことができずに予定が狂ってしまった。
学校は、どうしてもイヤで、それでメンタルを病んだり体調がおかしくなるようであれば、無理をしていく必要はないとは思う。
とは言っても、やっぱり学校へは行って欲しいし、本人たちのためにも行かないよりは行ったほうが良いと思う。
次女とはこれまで、どうして学校がイヤなのか、散々話を聴いてきた。
苦手な友達がいるとか、クラスに親しい友人がいないとか、みんなでやることが多くて自由がないとか、授業が面白くないとか、先生が怖いとか、給食に嫌いなものばかり出るとか、そんな理由を並べる。
ただ、激しいいじめにあっているとか、みんなに無視されているとか、そいう理由でもなさそうだ。
だけど、朝になると、足が痛くなったり、お腹が痛くなったりするんだよね。
学校では何を学んでいるのか
それで、昨日は、休んだ二人の娘と、どうして学校に行ったほうが良いのか、という話をした。
もちろん、勉強のために行くんだけど、勉強のためだけなら家でだってやろうと思えばできるんだよね。
自分で教科書を読んで、ドリルをやって、親が採点すればいいし、今はインターネットがあるから、親が教えられないことはネットで調べればたいていのことは解ってしまう。
少々頭の良い子なら、これで十分なんだよね。
でも、学校って、勉強だけを学ぶところじゃあないんだ。
沢山の人が集まって一つのことを協力してやることを学ぶ。
それをやろうとすると、意見をまとめなくちゃいけなかったり、自分の考えを言わなくちゃいけなかったり、あんまりやりたくないことでも協力しなくちゃいけなかったりする。
それから、自分から友達を作ったり、苦手な子とどんなふうにつきあうかを考えたり、団体生活の中でどのようにふるまったらいいのかを学ぶ場でもあるんだよね。
だから、少々嫌なことがあっても、その嫌なことをどうやって解決すればいいか、ということを学ぶのも学校なんだよね。
だから、嫌なことから逃げちゃダメなんだ。
そういうことが大人になって、社会に出た時に役に立つわけ。
それは、家では教えることができないんだ。
親と子供の関係性とはまた、違う関係性の中でしか育むことができないから。
そういうことを、娘たちに分かりやすく話したつもりなんだけど、どこまで伝わったかわからないけどね。
それでも限度があるよね
でもね。
本当に嫌で嫌で仕方がなくて、それで病んじゃうほど辛いようであれば、休んだほうが良いよね。
じゃあ、どのくらい嫌なら休んでいいのかっていうのは、本人にしかわからないわけ。
その嫌さ加減というか、辛さ加減は本人にしかわからない。
その感覚も、休むか休まないかの決断も、本人が学ばなければいけないことなんだよね。
考えてみれば、いろんなことを学んでいるんだよね。
学んでいる途中なんだから、うまくできないのは当たり前。
イヤだから休みたい、と思うのも良くわかる。
親としては、本人の判断を尊重したいところだよね。
本人が幸せになるように
子育ての目標は、本人が幸せに生きていけるようになること。
ゴールはまだまだ遠いということは確か。
何日か学校を休むくらい全く問題ない。
気長に構えるしかないなあ、って思うんだよね。
まあ、何とかなるでしょう。
周りの大人が慌てふためいて、変なメッセージが伝わらないようにしなければいけないなあ。
はたして、今日は学校に行くんだろうか?