うつ病を克服するサポーターを増やしたい

こんにちは!
カウンセラー整体師の渕脇です。

なぜ、カウンセラー整体師なのか

私はカウンセラー整体師と名乗っています。

整体の世界に足を踏み入れたのは2000年のことですから、かれこれ17年になります。
その間にたくさんのクライアントさんの身体を整えてきました。

その中で痛感したことは、身体の辛さを訴えている人の中に、精神に不調をきたしている人がかなりの割合でいるという事実です。

そういう人たちにもっとちゃんと対応したいと考え、カウンセリングの技術を学ぶことにしました。
そうして、産業カウンセラーの資格を取ることにしたのです。

そして、カウンセリングのできる整体師、ということで、カウンセラー整体師と名乗ることにしたのです。

人生の悩みは個人的な問題

私自身がうつ病をきっかけに会社を辞めて整体師となりましたので、精神的な不調の辛さというのは良くわかっています。
その渦中にいた時は、本当に辛かったのですが、今では、自分としっかりと向き合い、自分の生き方を考えるいいきっかけになったと思っています。

人生には悩みはつきものです。
人生は一度きりで、経験することはすべて初めてのことなのですから、迷いや不安があるのは当たり前だからです。

そういう人生の悩みというのは、当たり前のことですが、人それぞれみんな違います。
みんな違うわけですから、本来ならば、一人ひとりのお話をしっかり聞いて、丁寧に対応するしかありません。

個人的な悩みに薬だけでは対応できない

そういう人生の問題を、薬でコントロールしようというのが今の医療です。
どう考えても、それだけで治るとは思えません。

にもかかわらず、うつ病になれば「お薬を飲んで安静にしていなさい。」という程度の情報しか与えられない。
それがうつ病の治療の王道であり、それ以外は邪道であるかのような印象を多くの人が持っていることを危惧します。

自分が主体的に治す

うつ病に限った話ではないですけれど、本来病気というのは自分が治すものです。
薬で治す、お医者さんが治す、整体師が治す。いったい誰なら治してくれるんだ。
そういうたぐいのものではないと思います。

どの薬が効くとか、どの治療法が効くとか、そういう問題ではないのです。
当の本人が、自分から治ろうとしない限り、治るものではありません。

医者にしろ、カウンセラーにしろ、整体師にしろ、その手助け(サポート)をする役割を担っているだけであって、主体は本人なのです。

したがって、一般論としてどの薬が効くとか、どの治療法が効くとか、そいう議論は的が外れているのです。
そんな受け身的な姿勢ではいけないのです。

自分に合うサポーターを見つける

お医者様にも、薬を出すだけの人もいれば、じっくりと患者の話に耳をかたむけてくれる人もいます。

整体師だって、ただ自分の施術をすべての人に押し付ける人もいれば、クライアントの話に耳をかたむけて、その人にあった施術をする人もいます。

問題が非常に個人的なものであるだけに、その人にあったサポーターを見つけることが出来るかどうかがポイントになります。

自分の不調は自分で解決する。
そういう気持ちを持って、自分の不調をサポートしてくれる人を自分から探しに行かなければいけないし、それのほうが良いのです。

整体師にサポーターとしての可能性を見る

私は、整体師もうつ病から回復しようとする人や、精神的につらい思いをしている人たちのサポーターとして、十分に機能することを実感しています。

整体師がカウンセリングの技術を身に付けることが出来れば、凝り固まったカラダもココロも、同時にほぐして癒すことが出来る。
これは、精神的につらい思いをしている人たちにとって、とても心強い存在になると確信しています。

それは、自分がかつてうつ病で苦しんだ経験と、整体師として多くの苦しむ人と接してきた経験から、そうい結論に達したのです。

今後の私の活動

そんな私の経験を踏まえて、私は今後、人の心を癒す整体師を増やそうと思っています。
その第一弾として、かつて私が整体学校の講師をしていたころの卒業生数人に声をかけて、ココロとカラダのコンディションを整える講習会を始めました。

昨日はその2回目の講習会でした。

今はまだ、私の個人的な付き合いの中で、実験的にやっている講習会にすぎませんが、近い将来、この取り組みに興味を持ってくれた方々にも、この講習を受けていただけるようにしようと考えています。

さらに、自分のココロを守るテクニックについてのセミナー活動なども行っていきたいと考えています。

うつ病は、なんだか得体のしれない恐ろしいものではありません。
きちんとした知識があれば、防ぐこともできるし、しっかりと治すこともできるものです。
そのことを、多くの人にわかっていただきたいと思います。